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美術・歴史

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共和制ローマ 紀元前100〜44年 ガイウス・ユリウス・カエサル

混沌とした紀元前1世紀の世界

カエサルは、「賽は投げられた」「来た、見た、勝った」「ルビコン川を渡れ」などの名言でも知られ、共和制から後の帝政ローマの基盤となる政治体制をつくりました。
彼が誕生した紀元前100年頃の共和制ローマは、周辺諸国や異民族との戦争が絶えず、国内もまた政治的対立や内戦が続き混沌としていました。古くから政治にたずさわってきた名家の出であるカエサルは、その戦渦に巻き込まれながらも数々の戦績を重ね、人を惹きつける弁舌の能力をもってローマの民衆の絶大な支持を獲得し、ポンペイウス、クラッススと共に三頭政治を行い政治を牛耳る元老院に対抗します。

カデシュの戦いで戦車に乗るラメセス2世
カエサルが建設したフォロ・ジュリアーノ

クレオパトラとの出逢い

クラッススの死後、元老院と協力関係になりつつあったポンペイウスとの関係が悪化し、内戦へと発展。カエサルの軍勢に圧されたポンペイウスは元老院と共にエジプトへ逃れ、そこでクレオパトラ7世(以下クレオパトラ)の弟であるプトレマイオス13世の部下によって暗殺されたとされています。
この頃、エジプトではクレオパトラとプトレマイオス12世による覇権争いが繰り広げられており、程なくして両者の仲裁の為にエジプトへ向かったカエサルは、そこでクレオパトラと出逢い、彼女と手を組んでプトレマイオス13世を打ち破り、クレオパトラをエジプトの王へ据えます。

エジプトのアレクサンドリアに上陸するカエサル
クレオパトラとの出逢い
エジプトのアレクサンドリアに上陸するカエサル(左)
クレオパトラとの出逢い(右)

クレオパトラは、カエサルに会うために自らを袋(諸説あり)にくるませ贈り物として届けたとされ、その演出と彼女自身の魅力でカエサルを魅了し、やがて子カエサリオンをもうけたといわれています。 カエサルは、ポンペイウス派や元老院派の残党を武力で平定し、クレオパトラとカエサリオンを伴ってローマで盛大な凱旋パレードを行いました。

カエサルの暗殺
カエサルの暗殺
暗殺

ローマに帰還したカエサルは共和制を改革すべく元老院や民会といった機関を無力化し、自らは終身独裁官に就任して権力の集中を謀ります。この体制が、後の帝政ローマの基盤となっています。共和制そのものを否定するようなカエサルの政策と尊大な振る舞いはしだいに周囲の危機感を煽り、紀元前44年3月15日、複数の部下によって暗殺されます。
この際、「ブルートゥス、お前もか」と叫んだエピソードは有名ですが、この台詞自体はシェイクスピアによる創作であり、近い言葉を言ったという説はあるものの、実際に誰のことを指して言ったのかは定かではありません。